産地移動問題

産地移動問題

昨日、たまたまテレビをつけたら『教科書にのせたい!』が放送されていました。

気になる内容だったので、思わず見入ってしまいました。

内容としては、これから起こるとされている首都圏直下型地震の際の対策や大雨による災害時の対応などでした。

それはそれで勉強になる内容でしたが、私が一番気になったのは産地移動の問題でした。

私はこの問題についてあまり知りませんでした。

今まで取れなかった場所で取れるようになったという話は聞いていましたが、それほど深刻な問題になっているとは知らなかったのです。

お米と言えば新潟、ふぐと言えば下関(山口)といったように、人の頭の中にある名産地があります。

しかし、地球温暖化の影響もあり、ブランドにもなっていたものが他の県に移動してしまっているのです。

今では、お米を一番沢山作られているのが北海道だそうです。

以前は寒さが厳し過ぎて、お米が育ちにくいとされていました。

ところが、最近は適温になっているのだそうです。

一方、お米の生産量が一番多かったはずの新潟では、夏の高温障害によってお米に影響を及ぼすことが多く、生産量が減っているそうです。

ふぐに関しても同じです。

下関ブランドとも言われていたとらふぐは、今や減少の一途を辿っているそうです。

今現在は、とらふぐの水揚げ量が最も高いのは名古屋なんですって。

これも温暖化による水温の変化が影響してます。

例として分かりやすい2点を挙げましたが、他の食物に関しても同じことが言えます。

一見、産地が移動しただけで問題はないだろうと思うかもしれません。

でも、このまま温暖化が進んでいくと、今まで食べることが出来たものが簡単に食べられなくなるという問題も起きてしまいます。

日本には四季があり、寒さに耐えるから美味しくなる食物が沢山あります。

万遍なく色々なものが作られ、農業でも漁業でも豊富な食物が取れて人々の口に入っていました。

それが食べられないとなると、産地や旬の常識だけではなく、食生活の変化や成長の変化が出て来ます。

そうなると、日本特有の文化である出汁の文化も消えてしまうかもしれません。

和食も和食ではなくなる可能性があります。

もう少し、自分達が住む地球の悲鳴に耳を傾ける必要があるのかもしれません。

私達はこの地球がなければ生きていけない生き物なのですから。

地球を酷使することは、自殺行為でもありますよね?

神戸のお見合いパーティー

死体があるか知れない部屋・2(76行目の続き)

ともあれ、これは業務命令ですから行かないわけにはいきません。

ドキドキバクバクする心臓をかかえながら○○ハイツに車を走らせ、くだんの部屋をピンポンしました。

……返事はありません。

もう一度ピンポンしました。やはり返事はありません。

三度目にピンポンしてみたあとに、私は意を決して合鍵で玄関を開けました。高い木の上からえいやっと飛び降りるような思いでした。

……どうか死体がぶら下がっていたりしませんように……。

……どうか部屋が血まみれでありませんように……。

……どうか私が「第一発見者」なんかになりませんように……。

ところが。

部屋の主はちゃんとそこにいたのです。

狭いワンルームの中に置かれたベッドの上にパジャマ姿で座っていました。

いきなり鍵を開けられたので、あちらもびっくりしたようです。鳩みたいに目をパチパチさせてこちらを見ています。

「いきなり開けてスミマセン。××不動産の者なんですけど……」

私は今日この部屋にやって来た理由を手短に話し、親御さんが心配しているから会社やご実家にとにかく電話を入れてほしい、と言い置いて元通り部屋のドアを閉めました。

やつれてはいましたが、若いきれいな女の子でした。

会社に戻ってすぐ、彼女のお父さんに連絡を入れました。

彼女がとりあえず「生きて」部屋にいたことを話すと、お父さんは何度も

「よがった……」

と繰り返しました。

本当はすぐにそちらに行きたかったのだけれど、諸事情でなかなか家を離れることができず、歯がゆい思いをしていたのだ、とも。

都会に出てきて頑張って働いていたけど、仕事も恋もうまくいかず、何もかも嫌になってしまった……。

後から彼女が語ったのはこういうことでした。

田舎育ちの女の子には、やはり都会の風は冷たかったようです。

彼女は勤めていた会社を辞め、部屋も引き払って、東北の実家に帰って行きました。

ひどい訛りのお父さんからは、あとからお礼と称して名物の団子が届きました。

自分が実際に親になってみると、あのときのお父さんの気持ちがよくわかります。

都会に出したはいいけれど、いきなり連絡が取れなくなった娘。

もう心配で心配でたまらなかったことでしょう。

ともあれ「第一発見者」にならずにすんで、ホッとした私だったのでした。